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文語訳舊約聖書(1953年版)(振り仮名付き)

ヨブ記

第1章

1:1 ウヅの地ちにヨブと名なづくる人ひとあり其人そのひとと爲なり完全まつたくかつ正ただしくして神かみを畏おそれ惡あくに遠とほざかる

1:2 その生うめる者ものは男をとこの子こ七人にん女をんなの子こ三人にん

1:3 その所有物もちものは羊ひつじ七千せん駱駝らくだ三千ぜん牛うし五百ひやく軛くびき牝驢馬めろば五百ひやく僕しもべも夥多おびただしくあり此人このひとは東ひがしの人ひとの中うちにて最もつとも大おほいなる者ものなり

1:4 その子等こらおのおの己おのれの家いへにて己おのれの日ひに宴筵ふるまひを設まうくる事ことを爲なしその三人にんの姉妹しまいをも招まねきて與ともに食飮くひのみせしむ

1:5 その宴筵ふるまひの日ひはつる毎ごとにヨブかならず彼かれらを召よびよせて潔きよむ即すなはち朝あさはやく興おき彼かれら一切すべての數かずにしたがひて燔祭はんさいを獻ささぐ是これはヨブ我わが子こら罪つみを犯をかし心こころを神かみを忘わすれたらんも知しるべからずと謂いひてなりヨブの爲なすところ常つねに是かくのごとし

1:6 或ある日ひ神かみの子こ等たちきたりてヱホバの前まへに立たつサタンも來きたりてその中なかにあり

1:7 ヱホバ、サタンに言いひたまひけるは汝なんぢ何處いづくより來きたりしやサタン、ヱホバに應こたへて言いひけるは地ちを行ゆきめぐり此彼ここかしこ經へあるきて來きたれり

1:8 ヱホバ、サタンに言いひたまひけるは汝なんぢ心こころをもちひてわが僕しもべヨブを觀みしや彼かれのごとく完全まつたくかつ正ただしくして神かみを畏おそれ惡あくに遠とほざかる人ひと世よにあらざるなり

1:9 サタン、ヱホバに應こたへて言いひけるはヨブあにもとむることなくして神かみを畏おそれんや

1:10 汝なんぢ彼かれとその家いへおよびその一切すべての所有物もちものの周圍まはりに藩屏まがきを設まうけたまふにあらずや汝なんぢかれが手てに爲なすところを盡ことごとく成就じやうじゆせしむるがゆゑにその所有物もちもの地ちに遍あまねし

1:11 然されど汝なんぢの手てを伸のべて彼かれの一切すべての所有物もちものを撃うちたまへ然さらば必かならず汝なんぢの面かほにむかひて汝なんぢを詛のろはん

1:12 ヱホバ、サタンに言いひたまひけるは視みよ彼かれの一切すべての所有物もちものを汝なんぢの手てに任まかす唯ただかれの身みに汝なんぢの手てをつくる勿なかれサタンすなはちヱホバの前まへよりいでゆけり

1:13 或ある日ひヨブの子むすこ女むすめ等らその第だい一の兄あにの家いへにて物もの食くひ酒さけ飮のみゐたる時とき

1:14 使者つかひヨブの許もとに來きたりて言いふ牛うし耕たがへしをり牝驢馬めろばその傍かたはらに草食くさくひをりしに

1:15 シバ人びと襲おそひて之これを奪うばひ刄やいばをもて少者わかきものを打うち殺ころせり我われただ一人ひとりのがれて汝なんぢに告つげんとて來きたれりと

1:16 彼かれなほ語ものいひをる中うちに又また一人ひとりきたりて言いふ神かみの火ひ天てんより降くだりて羊ひつじおよび少者わかきものを焚やきて滅ほろぼせり我われただ一人ひとりのがれて汝なんぢに告つげんとて來きたれりと

1:17 彼かれなほ語ものいひをる中うちに又また一人ひとりきたりて言いふカルデヤ人びと三隊みくみに分わかれ來きて駱駝らくだを襲おそひてこれを奪うばひ刄やいばをもて少者わかきものを打うち殺ころせり我われただ一人ひとりのがれて汝なんぢに告つげんとて來きたれりと

1:18 彼かれなほ語ものいひをる中うちに又また一人ひとり來きたりて言いふ汝なんぢの子むすこ女むすめ等らその第だい一の兄あにの家いへにて物もの食くひ酒さけ飮のみをりしに

1:19 荒野あれのの方かたより大風おほかぜふき來きて家いへの四隅よすみを撃うちければ夫かの若わかき人々ひとびとの上うへに潰つぶれおちて皆みなしねり我われこれを汝なんぢに告つげんとて只ただ一人ひとりのがれ來きたれりと

1:20 是ここにおいてヨブ起たちあがり外衣うはぎを裂さき髮かみを斬きり地ちに伏ふしして拜はいし

1:21 言いふ我われ裸はだかにて母ははの胎たいを出いでたり又また裸はだかにて彼處かしこに歸かへらんヱホバ與あたへヱホバ取とりたまふなりヱホバの御名みなは讚ほむべきかな

1:22 この事ことにおいてヨブは全まつたく罪つみを犯をかさず神かみにむかひて愚おろかなることを言いはざりき

第2章

2:1 或ある日ひ神かみの子等こたちきたりてヱホバの前まへに立たつサタンも來きたりその中なかにありてヱホバの前まへに立たつ

2:2 ヱホバ、サタンに言いひたまひけるは汝なんぢ何處いづくより來きたりしやサタン、ヱホバに應こたへて言いひけるは地ちを行ゆきめぐり此彼ここかしこ經へあるきて來きたれり

2:3 ヱホバ、サタンに言いひたまひけるは汝なんぢ心こころをもちひて我わが僕しもべヨブを見みしや彼かれのごとく完全まつたくかつ正ただしくして神かみを畏おそれ惡あくに遠とほざかる人ひと世よにあらざるなり汝なんぢわれを勸すすめて故ゆゑなきに彼かれを打惱うちなやまさしめしかど彼かれなほ己おのれを完まつたうして自みづから堅かたくす

2:4 サタン、ヱホバに應こたへて言いひけるは皮かはをもて皮かはに換かふるなれば人ひとはその一切すべての所有物もちものをもて己おのれの生命いのちに換かふべし

2:5 然されど今いまなんぢの手てを伸のべて彼かれの骨ほねと肉にくとを撃うちたまへ然さらば必かならず汝なんぢの面かほにむかひて汝なんぢを詛のろはん

2:6 ヱホバ、サタンに言いひたまひけるは彼かれを汝なんぢの手てに任まかす只ただかれの生命いのちを害そこなふ勿なかれと

2:7 サタンやがてヱホバの前まへよりいでゆきヨブを撃うちてその足あしの跖うらより頂いただきまでに惡あしき腫物はれものを生しやうぜしむ

2:8 ヨブ土瓦やきものの碎片くだけを取とり其そのをもて身みを掻かき灰はひの中なかに坐すわりぬ

2:9 時ときにその妻つまかれに言いひけるは汝なんぢは尚なほも己おのれを完まつたうして自みづから堅かたくするや神かみを詛のろひて死しぬるに如しかずと

2:10 然しかるに彼かれはこれに言いふ汝なんぢの言いふところは愚おろかなる婦をんなの言いふところに似にたり我われら神かみより福祉さいはひを受うくるなれば災禍わざはひをも亦また受うけざるを得えんやと此事このことにおいてはヨブまつたくその唇くちびるをもて罪つみを犯をかさざりき

2:11 時ときにヨブの三人にんの友ともこの一切すべての災禍わざはひの彼かれに臨のぞめるを聞きき各々おのおのおのれの處ところよりして來きたれり即すなはちテマン人びとエリパズ、シユヒ人びとビルダデおよびマアナ人びとゾパル是これなり彼かれらヨブを弔いたはりかつ慰なぐさめんとて互たがひに約やくしてきたりしが

2:12 目めを擧あげて遙はるかに觀みしに其そのヨブなるを見識みしりがたき程ほどなりければ齊ひとしく聲こゑを擧あげて泣なき各おのおのおのれの外衣うはぎを裂さき天てんにむかひて塵ちりを撒まきて己おのれの頭かしらの上うへにちらし

2:13 乃すなはち七日なぬか七夜ななよかれと偕ともに地ちに坐ざしゐて一言ひとことも彼かれに言いひかくる者ものなかりき彼かれが苦惱くるしみの甚はなはだ大おほいなるを見みたればなり

第3章

3:1 斯かくて後のちヨブ口くちを啓ひらきて自己おのれの日ひを詛のろへり

3:2 ヨブすなはち言詞ことばを出いだして云いはく

3:3 我わが生うまれし日ひ亡ほろびうせよ男子をのこ胎はらにやどれりと言いひし夜よも亦また然しかあれ

3:4 その日ひは暗くらくなれ神かみ上うへよりこれを顧かへりみたまはざれ光ひかりこれを照てらす勿なかれ

3:5 暗闇くらやみおよび死蔭しのかげこれを取とりもどせ雲くもこれが上うへをおほえ日ひを暗くらくする者ものこれを懼おそれしめよ

3:6 その夜よは黑暗くらやみの執とらふる所ところとなれ年としの日ひの中うちに加くははらざれ月つきの數かずに入いらざれ

3:7 その夜よは孕はらむこと有あらざれ歡喜よろこびの聲こゑその中うちに興おこらざれ

3:8 日ひを詛のろふ者ものレビヤタンを激發ふりおこすに巧たくみなる者ものこれを詛のろへ

3:9 その夜よの晨星あけのほしは暗くらかれその夜よには光明ひかりを望のぞむも得えざらしめ又また東雲しののめの眼蓋まぶたを見みざらしめよ

3:10 是こは我わが母ははの胎はらの戸とを闔とぢずまた我わが目めに憂うれへを見みること無なからしめざりしによる

3:11 何なにとて我われは胎はらより死しにて出いでざりしや何なにとて胎はらより出いでし時ときに氣息いきたえざりしや

3:12 如何いかなれば膝ひざありてわれを接うけしや如何いかなれば乳房ちぶさありてわれを養やしなひしや

3:13 否しからずば今いまは我われ偃ふして安やすんじかつ眠ねむらん然さらばこの身みやすらひをり

3:14 かの荒墟あれつかを自己おのれのために築きづきたりし世よの君きみ等たち臣おみ等たちと偕ともにあり

3:15 かの黄金こがねを有もち白銀しろがねを家いへに充みたしたりし牧伯つかさ等たちと偕ともにあらん

3:16 又また人ひとしれず墮おりる胎兒はらごのごとくにして世よに出いでずまた光ひかりを見みざる赤子あかごのごとくならん

3:17 彼處かしこにては惡あしき者もの虐遇しへたげを息やめ倦憊うみつかれたる者もの安息やすみを得う

3:18 彼處かしこにては俘囚人とらはれびとみな共ともに安然やすらかに居をりて驅使者おひつかふものの聲こゑを聞きかず

3:19 小ちひさき者ものも大おほいなる者ものも同おなじく彼處かしこにあり僕しもべも主ぬしの手てを離はなる

3:20 如何いかなれば艱難なやみにをる者ものに光ひかりを賜たまひ心こころ苦くるしむ者ものに生命いのちをたまひしや

3:21 斯かかる者ものは死しを望のぞむなれどもきたらずこれをもとむるは藏かくれたる寳たからを掘ほるよりも甚はなはだし

3:22 もし墳墓はかを尋たづねて獲えば大おほいに喜よろこび樂たのしむなり

3:23 その道みちかくれ神かみに取籠とりこめられをる人ひとに如何いかなれば光明ひかりを賜たまふや

3:24 わが歎息なげきはわが食物くひものに代かはり我わが呻吟うめきは水みづの流ながれそそぐに似にたり

3:25 我わが戰慄をののき懼おそれし者もの我われに臨のぞみ我わが怖懼おぢおそれたる者ものこの身みに及およべり

3:26 我われは安然やすらかならず穩おだやかならず安息やすみを得えず唯ただ艱難なやみのみきたる

第4章

4:1 時ときにテマン人びとエリパズ答こたへて曰いはく

4:2 人ひともし汝なんぢにむかひて言詞ことばを出いださば汝なんぢこれを厭いとふや然さりながら誰たれか言いはで忍しのぶことを得えんや

4:3 さきに汝なんぢは衆多おほくの人ひとを誨をしへ諭さとせり手ての埀たれたる者ものをばこれを強つよくし

4:4 つまづく者ものをば言ことばをもて扶たすけおこし膝ひざの弱よわりたる者ものを強つよくせり

4:5 然しかるに今いまこの事こと汝なんぢに臨のぞめば汝なんぢ悶もだえこの事ことなんぢに加くははれば汝なんぢおぢまどふ

4:6 汝なんぢは神かみを畏かしこめり是これなんぢの依賴よりたのむ所ところならずや汝なんぢはその道みちを全まつたうせり是これなんぢの望のぞみならずや

4:7 請こふ想おもひ見みよ誰たれか罪つみなくして亡ほろびし者ものあらん義ただしき者ものの絶たたれし事こといづくに在ありや

4:8 我われの觀みる所ところによれば不義ふぎを耕たがへし惡あくを播まく者ものはその穫かる所ところも亦また是かくのごとし

4:9 みな神かみの氣吹いぶきによりて滅ほろびその鼻はなの息いきによりて消きえうす

4:10 獅子ししの吼ほえ猛たけき獅子ししの聲こゑともに息やみ少わかき獅子ししの牙きば折をれ

4:11 大おほ獅子じし獲え物ものなくして亡ほろび小獅子こじし散失ちりうす

4:12 前さきに言ことばの密ひそかに我われに臨のぞめるありて我われその細聲ささやきを耳みみに聞きき得えたり

4:13 即すなはち人ひとの熟睡うまいする頃ころ我われ夜よの異象まぼろしによりて想おもひ煩わづらひをりける時とき

4:14 身みに恐懼おそれをもよほして戰慄をののき骨節ほねぶしことごとく振ふるふ

4:15 時ときに靈れいありて我わが面かほの前まへを過すぎければ我われは身みの毛けよだちたり

4:16 その物もの立たちとまりしが我われはその状さまを見みわかつことえざりき唯ただ一ひとつの物ものの象かたちわが目めの前まへにあり時ときに我われしづかなる聲こゑを聞きけり云いはく

4:17 人ひといかで神かみより正義ただしからんや人ひといかでその造主つくりぬしより潔きよからんや

4:18 彼かれはその僕しもべをさへに恃たのみたまはず其その使者つかひをも足たらぬ者ものと見做みなしたまふ

4:19 况いはんや土つちの家いへに住すみをりて塵ちりを基もとゐとし蜉蝣かげらふのごとく亡ほろぶる者ものをや

4:20 是これは朝あさより夕ゆふまでの間あひだに亡ほろびかへりみる者ものもなくして永ながく失逝うせさる

4:21 その魂たまの緒をあに絶たえざらんや皆みな悟さとること無なくして死しにうす

第5章

5:1 請こふなんぢ?よびて看みよ誰たれか汝なんぢに應こたふる者ものありや聖者きよきものの中うちにて誰たれに汝なんぢむかはんとするや

5:2 夫それ愚おろかなる者ものは憤恨いきどほりのために身みを殺ころし癡つたなき者ものは嫉?ねたみのために己おのれを死しなしむ

5:3 我われみづから愚おろかなる者もののその根ねを張はるを見みたりしがすみやかにその家いへを詛のろへり

5:4 その子等こどもは助援たすけを獲うることなく門もんにて惱なやまさる之これを救すくふ者ものなし

5:5 その穡かりとれる物ものは饑うゑたる人ひとこれを食くらひ荊棘いばらの籬まがきの中うちにありてもなほ之これを奪うばひいだし羂わなをその所有物もちものにむかひて口くちを張はる

5:6 災禍わざはひは塵ちりより起おこらず艱難なやみは土つちより出いでず

5:7 人ひとの生うまれて艱難なやみをうくるは火ひの子この上かみに飛とぶがごとし

5:8 もし我われならんには我われは必かならず神かみに告つげ求もとめ我わが事ことを神かみに任まかせん

5:9 神かみは大おほいにして測はかりがたき事ことを行おこなひたまふ其その不思議ふしぎなる事わざを爲なしたまふこと數かずしれず

5:10 雨あめを地ちの上うへに降ふらし水みづを野のに遣おくり

5:11 卑ひくき者ものを高たかく擧あげ憂うれふる者ものを引ひき興おこして幸福さいはひならしめたまふ

5:12 神かみは狡さかしき者ものの謀計はかりごとを敗やぶり之これをして何事なにごとをもその手てに成就なしとぐること能あたはざらしめ

5:13 慧かしこき者ものをその自分みづからの詭計たくみによりて執とらへ邪よこしまなる者ものの謀計はかりごとをして敗やぶれしむ

5:14 彼かれらは晝ひるも暗黑くらきに遇あひ卓午まひるにも夜よるの如ごとくに摸さぐり惑まどはん

5:15 神かみは惱なやめる者ものを救すくひてかれらが口くちの劍つるぎを免まぬかれしめ強つよき者ものの手てを免まぬかれしめたまふ

5:16 是ここをもて弱よわき者もの望のぞみあり惡あしき者もの口くちを閉とづ

5:17 神かみの懲こらしたまふ人ひとは幸福さいはひなり然されば汝なんぢ全能者ぜんのうしやの?責いましめを輕かろんずる勿なかれ

5:18 神かみは傷きづつけ又また裹つつみ撃うちていため又またその手てをもて善ぜん醫いやしたまふ

5:19 彼かれはなんぢを六むつの艱難なやみの中うちにて救すくひたまふ七ななつの中うちにても災禍わざはひなんぢにのぞまじ

5:20 饑饉ききんの時ときにはなんぢを救すくひて死しを免まぬかれしめ戰爭いくさの時ときには劍つるぎの手てを免まぬかれしめたまふ

5:21 汝なんぢは舌したにて鞭むちうたるる時ときにも隱かくるることを得え壞滅ほろびの來きたる時ときにも懼おそるること有あらじ

5:22 汝なんぢは壞滅ほろびと饑饉ききんを笑わらひ地ちの獸けものをも懼おそるること無なかるべし

5:23 田野でんやの石いしなんぢと相あひ結むすび野のの獸けものなんぢと和やはらがん

5:24 汝なんぢはおのが幕屋まくやの安然やすらかなるを知しらん汝なんぢの住處すみかを見みまはるに缺かけたる者ものなからん

5:25 汝なんぢまた汝なんぢの子等こどもの多おほくなり汝なんぢの裔すゑの地ちの草くさの如ごとくになるを知しらん

5:26 汝なんぢは遐齡よきよはひにおよびて墓はかにいらん宛然あたかも麥束むぎたばを時ときにいたりて運はこびあぐるごとくなるべし

5:27 視みよ我われらが尋たづね明あきらめし所ところかくのごとし汝なんぢこれを聽ききて自みづから知しれよ

第6章

6:1 ヨブ應こたへて曰いはく

6:2 願ねがはくは我わが憤恨いきどほりの善よく權はかられ我わが懊惱なやみの之これとむかひて天秤はかりに懸かけられんことを

6:3 然さすれば是これは海うみの沙すなよりも重おもからん斯かかればこそ我わが言ことば躁妄みだりなりけれ

6:4 それ全能者ぜんのうしやの箭やわが身みにいりわが魂神たましひその毒どくを飮のめり神かみの畏怖おそれ我われを襲おそひ攻せむ

6:5 野驢馬のろばあに靑草あをくさあるに鳴なかんや牛うしあに食物くひものあるに吽うならんや

6:6 淡あはき物ものあに鹽しほなくして食くらはれんや蛋たまごの白しろみあに味あじはひあらんや

6:7 わが心こころの觸ふるることを嫌きらふ物もの是これは我わが厭いとふ所ところの食物くひもののごとし

6:8 願ねがはくは我わが求もとむる所ところを得えんことを願ねがはくは神かみわが希こひねがふ所ところの物ものを我われに賜たまはらんことを

6:9 願ねがはくは神かみわれを滅ほろぼすを善よしとし御手みてを伸のべて我われを絶たちたまはんことを

6:10 然しかるとも我われは尚なほみづから慰なぐさむる所ところあり烈はげしき苦痛くるしみの中なかにありて喜よろこばん是こは我われ聖者きよきものの言ことばに悖もとりしことなければなり

6:11 我われ何なにの氣力ちからありてか尚なほ俟またん我われの終をはりいかなれば我われなほ耐こらへ忍しのばんや

6:12 わが氣力ちからあに石いしの氣力ちからのごとくならんや我わが肉にくあに銅あかがねのごとくならんや

6:13 わが助たすけわれの中うちに無なきにあらずや救拯すくひ我われより逐おひはなされしにあらずや

6:14 憂患うれひにしづむ者ものはその友ともこれを憐あはれむべし然しからずば全能者ぜんのうしやを畏おそるることを廢やめん

6:15 わが兄弟きやうだいはわが望のぞみを充みたさざること溪川たにがはのごとく溪川たにがはの流ながれのごとくに過すぎさる

6:16 是これは氷こほりのために黑くろくなり雪ゆきその中うちに藏かくるれども

6:17 温暖あたたかになる時ときは消きえゆき熱あつくなるに及およびてはその處ところに絶たえはつ

6:18 隊旅客くみたびびと身みをめぐらして去さり空曠處むなしきところにいたりて亡ほろぶ

6:19 テマの隊旅客くみたびびとこれを望のぞみシバの旅客たびびとこれを慕したふ

6:20 彼等かれらこれを望のぞみしによりて愧恥はぢを取とり彼處かしこに至いたりてその面かほを赧あかくす

6:21 かく汝等なんぢらも今いまは虚むなしき者ものなり汝なんぢらは怖おそろしき事ことを見みれば則すなはち懼おそる

6:22 我われあに汝等なんぢら我われに予あたへよと言いひしこと有あらんや汝なんぢらの所有物もちものの中うちより物ものを取とりて我わがために饋おくれと言いひしこと有あらんや

6:23 また敵人あだびとの手てより我われを救すくひ出いだせと言いひしことあらんや虐しへたぐる者ものの手てより我われを贖あがなへと言いひしことあらんや

6:24 我われを敎をしへよ然しからば我われ默もくせん請こふ我われの過あやまてる所ところを知しらせよ

6:25 正ただしき言ことばは如何いかに力ちからあるものぞ然さりながら汝なんぢらの規諫いましむる所ところは何なにの規諫いましめとならんや

6:26 汝なんぢらは言ことばを規正いましめんと想おもふや望のぞみの絶たえたる者ものの語かたる所ところは風かぜのごときなり

6:27 汝なんぢらは孤子みなしごのために籤くじを掣ひき汝なんぢらの友ともをも商貨あきなひものにするならん

6:28 今いまねがはくは我われに向むかへ我われは汝なんぢらの面かほの前まへに僞いつはらず

6:29 請こふ再ふたたびせよ不義ふぎあらしむる勿なかれ請こふ再ふたたびせよ此事このことにおいては我われ正義ただし

6:30 我わが舌したに不義ふぎあらんや我わが口くち惡あしき物ものを辨わきまへざらんや

第7章

7:1 それ人ひとの世よにあるは戰鬪たたかひにあるがごとくならずや又また其その日ひは傭人やとひびとの日ひのごとくなるにあらずや

7:2 奴僕しもべの暮くれを冀こひねがふが如ごとく傭人やとひびとのその價あたひを望のぞむがごとく

7:3 我われは苦くるしき月つきを得えさせられ憂うれはしき夜よをあたへらる

7:4 我われ臥ふせば乃すなはち言いふ何時いつ夜よあけて我われおきいでんかと曙あけぼのまで頻しきりに輾轉まろぶ

7:5 わが肉にくは蟲むしと土塊つちくれとを衣服ころもとなし我わが皮かはは愈いえてまた腐くさる

7:6 わが日ひは機はたの梭ひよりも迅速すみやかなり我われ望のぞむ所ところなくし之これを送おくる

7:7 想おもひ見みよわが生命いのちが氣息いきなる而已のみ我わが目めは再ふたたび福祉さいはひを見みること有あらじ

7:8 我われを見みし者ものの眼まなこかさねて我われを見みざらん汝なんぢ目めを我われにむくるも我われは已すでに在あらざるべし

7:9 雲くもの消きえて逝さるがごとく陰府よみに下くだれる者ものは重かさねて上のぼりきたらじ

7:10 彼かれは再ふたたびその家いへに歸かへらず彼かれの郷里ふるさとも最早もはやかれを認みとめじ

7:11 然されば我われはわが口くちを禁とどめず我わが心こころの痛いたみによりて語ものいひわが神魂たましひの苦くるしきによりて歎なげかん

7:12 我われあに海うみならんや鰐わにならんや汝なんぢなにとて我われを守まもらせおきたまふぞ

7:13 わが牀とこわれを慰なぐさめわが寢床ねどこわが愁うれへを解とかんと思おもひをる時ときに

7:14 汝なんぢ夢ゆめをもて我われを驚おどろかし異象まぼろしをもて我われを懼おそれしめたまふ

7:15 是ここをもて我わが心こころは氣息いきの閉とぢんことを願ねがひ我わがこの骨ほねよりも死しを冀こひねがふ

7:16 われ生命いのちを厭いとふ我われは永ながく生いくるをことを願ねがはず我われを捨すておきたまへ我わが日ひは氣いきのごときなり

7:17 人ひとを如何いかなる者ものとして汝なんぢこれを大おほいにし之これを心こころに留とめ

7:18 朝あさごとに之これを看みそなはし時ときわかず之これを試こころみたまふや

7:19 何時いつまで汝なんぢわれに目めを離はなさず我わが津つを咽のむ間まも我われを捨すておきたまはざるや

7:20 人ひとを鑒かんがみたまふ者ものよ我われ罪つみを犯をかしたりとて汝なんぢに何なにをか爲なさん何なんぞ我われを汝なんぢの的まととなして我われにこの身みを厭いとはしめたまふや

7:21 汝なんぢなんぞ我われの愆とがを赦ゆるさず我わが罪つみを除のぞきたまはざるや我われいま土つちの中なかに睡ねむらん汝なんぢ我われを尋たづねたまふとも我われは在あらざるべし

第8章

8:1 時ときにシユヒ人びとビルダデ答こたへて曰いはく

8:2 何時いつまで汝なんぢかかる事ことを言いふや何時いつまで汝なんぢの口くちの言語ことばを大風おほかぜのごとくにするや

8:3 神かみあに審判さばきを曲まげたまはんや全能者ぜんのうしやあに公義こうぎを曲まげたまはんや

8:4 汝なんぢの子等こどもかれに罪つみを獲えたるにや之これをその愆とがの手てに付わたしたまへり

8:5 汝なんぢもし神かみに求もとめ全能者ぜんのうしやに祈いのり

8:6 清きよくかつ正ただしうしてあらば必かならず今いま汝なんぢを顧かへりみ汝なんぢの義ただしき家いへを榮さかえしめたまはん

8:7 然しからば汝なんぢの始はじめは微小ちひさくあるとも汝なんぢの終をはりは甚はなはだ大おほいならん

8:8 請こふ汝なんぢ過すぎにし代よの人ひとに問とへ彼かれらの父祖ふその尋究たづねきはめしところの事ことを學まなべ

8:9 (我われらは昨日きのふより有ありしのみにて何なにをも知しらず我われらが世よにある日ひは影かげのごとし)

8:10 彼等かれらなんぢを敎をしへ汝なんぢを諭さとし言ことばをその心こころより出いださざらんや

8:11 葦あしあに泥どろなくして長のびんや萩をぎあに水みづなくしてそだたんや

8:12 是これはその靑あをくして未いまだ刈からざる時ときにも他ほかの一切すべての草くさよりは早はやく槁かる

8:13 神かみを忘わするる者ものの道みちは凡すべて是かくのごとく悖もとる者ものの望のぞみは空むなしくなる

8:14 その恃たのむ所ところは絶たたれその倚よるところは蜘蛛網くものすのごとし

8:15 その家いへに倚よりかからんとすれば家いへ立たたず之これに堅かたくとりすがるも保たもたじ

8:16 彼かれ日ひの前まへに靑緑みどりを呈あらはしその枝えだを園そのに蔓延はびこらせ

8:17 その根ねを石堆いしづかに盤からみて石いしの屋いへを眺ながむれども

8:18 若もしその處ところより取とりのぞかれなばその處ところこれを認みとめずして我われは汝なんぢを見みたる事ことなしと言いはん

8:19 視みよその道みちの喜樂たのしみ是かくのごとし而しかしてまた他ほかの者もの地ちより生はえいでん

8:20 それ神かみは完全まつたき人ひとを棄すてたまはずまた惡あしき者ものの手てを執とりたまはず

8:21 遂つひに哂笑わらひをもて汝なんぢの口くちに充みたし歡喜よろこびを汝なんぢの唇くちびるに置おきたまはん

8:22 汝なんぢを惡にくむ者ものは羞恥はぢを着きせられ惡あしき者ものの住所すみかは無なくなるべし

第9章

9:1 ヨブこたへて言いひけるは

9:2 我われまことに其その事ことの然しかるを知しれり人ひといかでか神かみの前まへに義ただしかるべけん

9:3 よし人ひとは神かみと辨爭あらそはんとするとも千せんの一ひとつも答こたふること能あたはざるべし

9:4 神かみは心こころ慧かしこく力ちから強つよくましますなり誰たれか神かみに逆さからひてその身み安やすからんや

9:5 彼かれ山やまを移うつしたまふに山やましらず彼かれ震怒いかりをもて之これを飜倒くつがへしたまふ

9:6 彼かれ地ちを震ふるひてその所ところを離はなれしめたまへばその柱はしらゆるぐ

9:7 日ひに命めいじたまへば日ひいでず又また星辰ほしを封ふうじたまふ

9:8 唯ただかれ獨ひとり天てんを張はり海うみの濤なみを覆ふみたまふ

9:9 また北斗ほくと參宿しんしゆく昴宿ばうしゆくおよび南方なんぽうの密室みつしつを造つくりたまふ

9:10 大おほいなる事ことを行おこなひたまふこと測はかられず奇くすしき業わざを爲なしたまふこと數かずしれず

9:11 視みよ彼かれわが前まへを過すぎたまふ然しかるに我われこれを見みず彼かれすすみゆき賜たまふ然しかるに我われ之これを曉さとらず

9:12 彼かれ奪うばひ去さり賜たまふ誰たれか能あた之これを沮はばまん誰たれか之これに汝なんぢ何なにを爲なすやと言いふことを得え爲せん

9:13 神かみ其その震怒いかりを息やめ賜たまはずラハブを助たすくる者もの等ども之これが下したに屈かがむ

9:14 然されば我われ爭いかでか彼かれに回答こたへを爲なすことを得えん爭いかでわれ言ことばを選えらびて彼かれと論あげつらふ事ことをえんや

9:15 假令たとひわれ義ただしかるとも彼かれに回答こたへをせじ彼かれは我われを審判さばく者ものなれば我われ彼かれに哀なげき求もとめん

9:16 假令たとへ我われ彼かれを呼よびて彼かれわれに答こたへたまふともわが言ことばを聽ききいれ賜たまひしとは我われ信しんぜざるなり

9:17 彼かれは大風おほかぜをもて我われを撃碎うちくだき故ゆゑなくして我われに衆多おほくの傷きずを負おはせ

9:18 我われに息いきをつかさしめず苦にがき事ことをもて我わが身みに充みたせ賜たまふ

9:19 強つよき者ものの力量ちからを言いはんか視みよ此ここにあり審判さばきの事ことならんか誰たれか我われを喚よび出いだすことを得え爲せん

9:20 假令たとひわれ義ただしかるとも我わが口くちわれを惡あししと爲なさん假令たとひわれ完全まつたかるとも尚なほわれを罪つみありとせん

9:21 我われは全まつたし然しかれども我われはわが心こころを知しらず我わが生命いのちを賤いやしむ

9:22 皆みな同一ひとつなり故ゆゑに我われは言いふ神かみは完全まつたき者ものと惡あしき者ものとを等らしく滅ほろぼしたまふと

9:23 災禍わざはひの俄然にはかに人ひとを誅ころす如ごとき事ことあれば彼かれは辜つみなき者ものの苦痛くるしみを笑わらひ見みたまふ

9:24 世よは惡あしき者ものの手てに交わたされてあり彼かれまたその裁判さばき人びとの面かほを蔽おほひたまふ若もし彼かれならずば是これ誰たれの行爲わざなるや

9:25 わが日ひは驛使はゆまづかひよりも迅はやく徒ただに過すぎさりて福祉さいはひを見みず

9:26 其そはしること葦舟あしぶねのごとく物ものを攫つかまんとて飛とびかける鷲わしのごとし

9:27 たとひ我われわが愁うれひを忘わすれ面色かほいろを改あらためて笑わらひをらんと思おもふとも

9:28 尚なほこの諸もろもろの苦痛くつうのために戰慄ふるひをののくなり我われ思おもふに汝なんぢわれを釋ゆるし放はなちたまはざらん

9:29 我われは罪つみありとせらるるなれば何なんぞ徒然いたづらに勞らうすべけんや

9:30 われ雪ゆき水みづをもて身みを洗あらひ灰汁あくをもて手てを潔きよむるとも

9:31 汝なんぢわれを汚けがらはしき穴あなの中なかに陷おとしいれたまはん而しかして我わが衣ころもも我われを厭いとふにいたらん

9:32 神かみは我われのごとく人ひとにあらざれば我われかれに答こたふべからず我われら二箇ふたりして共ともに裁判さばきに臨のぞむべからず

9:33 また我われらの間あひだには我われら二箇ふたりの上うへに手てを置おくべき仲保ちうほうあらず

9:34 願ねがはくは彼かれその杖つゑを我われより取とりはなしその震怒いかりをもて我われを懼おそれしめたまはざれ

9:35 然しからば我われ言語ものいひて彼かれを畏おそれざらん其そは我われみづから斯かかる者ものと思おもはざればなり

第10章

10:1 わが心こころ生命いのちを厭いとふ然されば我われわが憂愁うれへを包つつまず言いひあらはしわが魂神たましひの苦くるしきによりて語ものいはん

10:2 われ神かみに申まうさん我われを罪つみありしとしたまふ勿なかれ何故なにゆゑに我われとあらそふかを我われに示しめしたまへ

10:3 なんぢ虐遇しへたげを爲なし汝なんぢの手ての作わざを打うち棄すてて惡あしき者ものの謀計はかりごとを照てらすことを善よしとしたまふや

10:4 汝なんぢは肉眼にくがんを有もちたまふや汝なんぢの觀みたまふ所ところは人ひとの觀みるがごとくなるや

10:5 なんぢの日ひは人間にんげんの日ひのごとく汝なんぢの年としは人ひとの日ひのごとくなるや

10:6 何なにとて汝なんぢわが愆とがを尋たづねわが罪つみをしらべたまふや

10:7 されども汝なんぢはすでに我われの罪つみなきを知しりたまふまた汝なんぢの手てより救すくひいだし得うる者ものなし

10:8 汝なんぢの手てわれをいとなみ我われをことごとく作つくれり然しかるに汝なんぢ今いまわれを滅ほろぼしたまふなり

10:9 請こふ記念おぼえたまへ汝なんぢは土塊つちくれをもてすてるがごとくに我われを作つくりたまへり然しかるに復またわれを塵ちりに歸かへさんとしたまふや

10:10 汝なんぢは我われを乳ちちのごとく斟そそぎ牛酪ぎうらくのごとくに凝こらしめたまひしに非あらずや

10:11 汝なんぢは皮かはと肉にくとを我われに着きせ骨ほねと筋すぢとをもて我われを編あみ

10:12 生命いのちと恩惠めぐみとをわれに授さづけ我われを眷顧かへりみてわが魂神たましひを守まもりたまへり

10:13 然しかはあれど汝なんぢこれらの事ことを御み心こころに藏かくしおきたまへり我われこの事こと汝なんぢの心こころにあるを知しる

10:14 我われもし罪つみを犯をかさば汝なんぢわれをみとめてわが罪つみを赦ゆるしたまはじ

10:15 我われもし行状おこなひあしからば禍わざはひあらん假令たとひわれ義ただしかるとも我われ頭かうべを擧あげじ其そは我われは衷うちに羞耻はぢ充みち眼めにわが患難なやみを見みればなり

10:16 もし頭かうべを擧あげなば獅子ししのごとくに汝なんぢわれを追おひ打うち我わが身みの上うへに復またなんぢの奇くすしき能力ちからをあらはしたまはん

10:17 汝なんぢはしばしば證あかしする者ものを入いれかへて我われを攻せめ我われにむかひて汝なんぢの震怒いかりを増まし新手あらてに新手あらてを加くはへて我われを攻せめたまふ

10:18 何なにとて汝なんぢわれを胎はらより出いだしたまひしや然しからずば我われは息いき絶たえ目めに見みらるること無なく

10:19 曾かつて有あらざりし如ごとくならん即すなはち我われは胎はらより墓はかに持もちゆかれん

10:20 わが日ひは幾時いくばくも无なきに非あらずや願ねがはくは彼かれ姑しばらく息やめて我われを離はなれ我われをして少すこしく安やすんぜしめんことを

10:21 我わが往ゆきて復また返かへることなきその先さきだに斯かくあらしめよ我われは暗くらき地ち死しの蔭かげの地ちに往ゆかん

10:22 この地ちは暗くらくして晦冥やみに等ひとしく死しの蔭かげにして區分わいだめなし彼處かしこにては光明ひかりも黑暗くらやみのごとし

第11章

11:1 是ここにおいてナアマ人びとゾパル答こたへて言いひけるは

11:2 言語ことば多おほからば豈あに答こたへざるを得えんや口くちおほき人ひとあに義ただしとせられんや

11:3 汝なんぢも空むなしき言ことばあに人ひとをして口くちを閉とぢしめんや汝なんぢ嘲あざけらば人ひとなんぢをして羞はぢしめざらんや

11:4 汝なんぢは言いふ我わが敎をしへは正ただし我われは汝なんぢの目めの前まへに潔きよしと

11:5 願ねがはくは神かみ言ことばを出いだし汝なんぢにむかひて口くちを開ひらき

11:6 智慧ちゑの秘密ひみつをなんぢに示しめしてその知識ちしきの相あひ倍ばいするを顯あらはしたまはんことを汝なんぢしれ神かみはなんぢの罪つみよりも輕かろくなんぢを處置しよちしたまふなり

11:7 なんぢ神かみの深事ふかきことを窮きはむるを得えんや全能者ぜんのうしやを全まつたく窮きはむることを得えんや

11:8 その高たかきことは天てんのごとし汝なんぢなにを爲なし得えんや其その深ふかきことは陰府よみのごとし汝なんぢなにを知しりえんや

11:9 その量りやうは地ちよりも長ながく海うみよりも濶ひろし

11:10 彼かれもし行ゆきめぐりて人ひとを執とらへて召集めしあつめたまふ時ときは誰たれか能よくこれを阻はばまんや

11:11 彼かれは僞いつはる人ひとを善よく知しりたまふ又また惡事あくじは顧かへりみること無なくして見み知しりたまふなり

11:12 虚むなしき人ひとは悟性さとりなしその生うまるるよりして野驢馬のろばの駒こまのごとし

11:13 汝なんぢもし彼かれにむかひて汝なんぢの心こころを定さだめ汝なんぢの手てを舒のべ

11:14 手てに罪つみのあらんには之これを遠とほく去され惡あくをなんぢの幕屋まくやに留とどむる勿なかれ

11:15 然さすれば汝なんぢ面かほを擧あげて?きずなかるべく堅かたく立たて懼おそるる事ことなかるべし

11:16 すなはち汝なんぢ憂愁うれひを忘わすれん汝なんぢのこれを憶おもゆることは流ながれ去さりし水みづのごとくならん

11:17 なんぢの生存いきながらふる日ひは眞晝まひるよりも輝かがやかん假令たとひ暗くらき事ことあるとも是これは平旦あしたのごとくならん

11:18 なんぢは望のぞみあるに因よりて安やすんじ汝なんぢの周圍まはりを見みめぐりて安然やすらかに寐いぬるにいたらん

11:19 なんぢは何なににも懼おそれさせらるること無なくして偃ふしやまん必かならず衆多おほくの者ものなんぢを悦よろこばせんと務つとむべし

11:20 然されど惡あしき者ものは目め曚くらみ逃遁處のがれどころを失うしなはん其その望のぞみは氣いきの斷たゆると等ひとしかるべし

第12章

12:1 ヨブこたへて言いふ

12:2 なんぢら而已のみまことに人ひとなり智慧ちゑは汝なんぢらと共ともに死しなん

12:3 我われもなんぢらと同おなじく心こころあり我われはなんぢらの下したに立たたず誰たれか汝なんぢらの言いひし如ごとき事ことを知しらざらんや

12:4 我われは神かみに?よばはりて聽きかるる者ものなるに今いまその友ともに嘲あざけらるる者ものとなれり嗚呼ああ正ただしくかつ完まつたき人ひとあざけらる

12:5 安逸やすらかなる者ものは思おもふ輕侮あなどりは不幸ふしあはせなる者ものに附つきそひ足あしのよろめく者ものを俟まつと

12:6 掠奪かすめうばふ者ものの天てん幕まくは繁榮さかえ神かみを怒いからせ自己おのれの手てに神かみを携たづさふる者ものは安泰やすらかなり

12:7 今いま請こふ獸けものに問とへ然さらば汝なんぢに敎をしへん天空そらの鳥とりに問とへ然さらばなんぢに語かたらん

12:8 地ちに言いへ然さらばなんぢに敎をしへん海うみの魚うをもまた汝なんぢに述のぶべし

12:9 誰たれかこの一切すべての者ものに依よりてヱホバの手てのこれを作つくりしなるを知しらざらんや

12:10 一切すべての生物いきものの生氣いのちおよび一切すべての人ひとの靈魂たましひともに彼かれの手ての中うちにあり

12:11 耳みみは説話ことばを辨わきまへざらんやその状さまあたかも口くちの食物くひものを味あじはふがごとし

12:12 老おいたる者ものの中うちには智慧ちゑあり壽長者いのちながきものの中うちには穎悟さとりあり

12:13 智慧ちゑと權能ちからは神かみに在あり智謀ちぼうと穎悟さとりも彼かれに屬ぞくす

12:14 視みよ彼かれ毀こぼてば再ふたたび建たつること能あたはず彼かれ人ひとを閉とぢこむれば開ひらき出いだすことを得えず

12:15 視みよ彼かれ水みづを止とどむれば則すなはち涸かれ水みづを出いだせば則すなはち地ちを滅ほろぼす

12:16 權能ちからと穎悟さとりは彼かれに在あり惑まどはさるる者ものも惑まどはす者ものも共ともに彼かれに屬ぞくす

12:17 彼かれは議士ぎしを裸體はだかにして?とらへゆき審判人さばきびとをして愚おろかなる者ものとならしめ

12:18 王わう等たちの權威いきほひを解ときて反かへつて之これが腰こしに繩なはをかけ

12:19 祭司さいし等たちを裸體はだかにして?とらへゆき權力ちからある者ものを滅ほろぼし

12:20 言ことば爽さわやかなる者ものの言語ことばを取とり除のぞき老おいたる者ものの了知さとりを奪うばひ

12:21 侯伯きみたる者等ものどもに恥辱はぢを蒙かうむらせ強つよき者ものの帶おびを解とき

12:22 暗中くらきうちより隱かくれたる事等ことどもを顯あらはし死しの蔭かげを光明ひかりに出いだし

12:23 國々くにぐにを大おほいにしまた之これを滅ほろぼし國々くにぐにを廣ひろくしまた之これを舊もとに歸かへし

12:24 地ちの民たみの長かしらたる者等ものどもの了知さとりを奪うばひこれを路みちなき荒野あれのに吟行さまよはしむ

12:25 彼かれらは光明ひかりなき暗やみにたどる彼かれまた彼かれらを醉よへる人ひとのごとくによろめかしむ

第13章

13:1 視みよわが目めこれを盡ことごとく觀みわが耳みみこれを聞ききて通逹さとれり

13:2 汝なんぢらが知しるところは我われもこれを知しる我われは汝なんぢらに劣らず

13:3 然しかりと雖いへども我われは全能者ぜんのうしやに物もの言いはん我われは神かみと論ろんぜんことをのぞむ

13:4 汝なんぢらは只ただ?言いつはりを造つくり設まうくる者もの汝なんぢらは皆みな無用むようの醫師くすしなり

13:5 願ねがはくは汝なんぢら全まつたく默もくせよ然しかするは汝なんぢらの智慧ちゑなるべし

13:6 請こふわが論ろんずる所ところを聽きき我わが唇くちびるにて辨爭いひあらそふ所ところを善よく聽きけ

13:7 神かみのために汝なんぢら惡あしき事ことを言いふや又またかれのために虚僞いつはりを述のぶるや

13:8 汝なんぢら神かみの爲ために偏かたよるやまたかれのために爭あらそはんとするや

13:9 神かみもし汝なんぢらを鑒察しらべたまはば豈あに善よからんや汝等なんぢら人ひとを欺あざむくごとくに彼かれを欺あざむき得えんや

13:10 汝等なんぢらもし密ひそかに私わたくしするあらば彼かれかならず汝なんぢらを責せめん

13:11 その威光ゐくわうなんぢらを懼おそれしめざらんや彼かれを懼おそるる畏懼おそれなんぢらに臨のぞまざらんや

13:12 なんぢらの諭言さとしは灰はひに譬たとふべしなんぢらの城しろは土つちの城しろとなる

13:13 默もくして我われにかかはらざれ我われ言語ものいはんとす何事なにごとにもあれ我われに來きたらば來きたれ

13:14 我われなんぞ我わが肉にくをわが齒はの間あひだに置おきわが生命いのちをわが手てに置おかんや

13:15 彼かれわれを殺ころすとも我われは彼かれに依賴よりたのまん唯ただわれは吾道わがみちを彼かれの前まへに明あきらかにせんとす

13:16 彼かれまた終つひに我わが救拯すくひとならん邪曲よこしまなる者ものは彼かれの前まへにいたること能あたはざればなり

13:17 なんぢら聽きけよ我わが言ことばを聽きけ我わが述のぶる所ところをなんぢらの耳みみに入いらしめよ

13:18 視みよ我われすでに吾わが事ことを言竝いひならべたり必かならず義ただしとせられんと自みづから知しる

13:19 誰たれか能よくわれと辨論いひあらそふ者ものあらん若もしあらば我われは口くちを緘とぢて死しなん

13:20 惟ただわれに二ふたつの事ことを爲なしたまはざれ然さらば我われなんぢの面かほをさけて隱かくれじ

13:21 なんぢの手てを我われより離はなしたまへ汝なんぢの威嚴ゐげんをもて我われを懼おそれしめたまはざれ

13:22 而しかして汝なんぢわれを召めしたまへ我われこたへん又またわれにも言ものいはしめて汝なんぢわれに答こたへたまへ

13:23 我われの愆とがわれの罪つみいくばくなるや我われの背反そむきと罪つみとを我われに知しらしめたまへ

13:24 何なにとて御顏みかほを隱かくし我われをもて汝なんぢの敵てきとなしたまふや

13:25 なんぢは吹ふき廻まはさるる木この葉はを威おどし干たてあがりたる籾殼もみがらを追おひたまふや

13:26 汝なんぢは我われにつきて苦にがき事等ことどもを書かきしるし我われをして我わが幼稚時いとけなきときの罪つみを身みに負おはしめ

13:27 わが足あしを足械あしがせにはめ我わがすべての道みちを伺うかがひ我わが足あしの周圍まはりに限界かぎりをつけたまふ

13:28 我われは腐くされたる者もののごとくに朽くちゆき蠹むしに食くはるる衣服ころもに等ひとし

第14章

14:1 婦をんなの?うむ人ひとはその日ひ少すくなくして艱難なやみ多おほし

14:2 その來きたること花はなのごとくにして散ちり其その馳はすること影かげのごとくにして止とどまらず

14:3 なんぢ是かくのごとき者ものに汝なんぢの目めを啓ひらきたまふや汝なんぢわれを汝なんぢの前まへにひきて審判さばきしたまふや

14:4 誰たれか清きよき物ものを汚けがれたる物ものの中うちより出いだし得うる者ものあらん一人ひとりも無なし

14:5 その日ひ?すでに定さだまりその月つきの數かずなんぢに由より汝なんぢこれが區域さかひを立たてて越こえざらしめたまふなれば

14:6 是これに目めを離はなして安息やすみを得えさせ之これをして傭人やとひびとのその日ひを樂たのしむがごとくならしめたまへ

14:7 それ木きには望のぞみあり假令たとひ?きらるるとも復また芽めを出いだしてその枝えだ絶たえず

14:8 たとひ其その根ね地ちの中なかに老おい幹みき土つちに枯かるるとも

14:9 水みづの潤霑うるほしにあへば即すなはち芽めをふき枝えだを出いだして若樹わかきに異ことならず

14:10 然されど人ひとは死しぬれば消きえうす人ひと氣いき絶たえなば安いづくに在あらんや

14:11 水みづは海うみに竭つき河かはは涸かれてかわく

14:12 是かくのごとく人ひとも寢臥いねふしてまた興おきず天てんの盡つくるまで目め覺さめず睡眠ねむりを醒さまさざるなり

14:13 願ねがはくは汝なんぢわれを陰府よみに藏かくし汝なんぢの震怒いかりの息やむまで我われを掩おほひ我わがために期ときを定さだめ而しかして我われを念おもひたまへ

14:14 人ひともし死しなばまた生いきんや我われはわが征戰いくさの諸しよ日にちの間あひだ望のぞみをりて我わが變更かはりの來きたるを待またん

14:15 なんぢ我われを呼よびたまはん而しかして我われこたへん汝なんぢかならず汝なんぢの手ての作わざを顧かへりみたまはん

14:16 今いまなんぢは我われに歩履あゆみを數かぞへたまふ我わが罪つみを汝なんぢうかがひたまはざらんや

14:17 わが愆とがは凡すべて嚢ふくろの中なかに封ふうじてあり汝なんぢわが罪つみを縫ぬふこめたまふ

14:18 それ山やまも倒たふれて終つひに崩くづれ巖石いはほも移うつりてその處ところを離はなる

14:19 水みづは石いしを鑿うがち浪なみは地ちの塵ちりを押おし流ながす汝なんぢは人ひとの望のぞみを斷たちたまふ

14:20 なんぢは彼かれを永ながく攻せめなやまして去さりゆかしめ彼かれの面容かほかたちの變かはらせて逐おひやりたまふ

14:21 その子こ尊貴たふとくなるも彼かれは之これを知しらず卑賤いやしくなるもまた之これを曉さとらざるなり

14:22 只ただ己おのれみづからその肉にくに痛苦いたみを覺おぼえ己おのれみづからその心こころに哀なげく而已のみ